宇宙戦艦ヤマト・復活篇公開予定

昔懐かしい、『宇宙戦艦ヤマト・復活編』が2009年12月に公開されるらしい。
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最初は1974/10/06~1975/03/30にテレビ放映され、徐々に人気を博し、ついには映画化、どんどん新作も公開された松本零士先生原作のアニメ。

ガミラス対地球防衛軍という勧善懲悪のわかりやすい作品だが、今までにない敵とのほのかな友情や、恋愛模様を描いたことで、多くのファンを魅了した。

第一作目の最終話での、森ユキことヒロインが、主人公の古代進を助けるために、自らがコスモクリーナーという放射能除去装置を稼働させて死んでしまうのは、少年のころの僕でも悲しくなったのを覚えている。

しかし、復活するシーンは、あまさに沖田艦長の魂が生き返らせたかのように圧巻のラストであった。

このアニメでは、結構、いいセリフを言っている。

闘いに明け暮れた主人公が、ガミラス星の残骸を目の当たりにして、悪いのはガミラスでも地球でもない、ともに分かち合い、愛することを学ぶべきだったんだ。」と嘆く古代進を見て、戦争や憎しみの悲惨さを訴えている。

本当に愛している人のためには、自らの命をも与える・・究極の愛とは、すべてを与えることなのではないだろうか。

自分が愛されたい、愛してほしい、と嘆く方は多いようだが、相手のために愛する行為こそが本物の愛なのだろう。

「ジョー・ブラックをよろしく」・・死神は恋をできるのか?

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84617_01_01_02 「ジョー・ブラックをよろしく」は、ブラッド・ピッド扮する若者に死神が乗り移る話。

監督は「セント・オブ・ウーマン/夢の香り」のM・ブレスト。

事故死した青年の姿を借りて、一人の死神がマンハッタンに現れます。

ジョー・ブラック(B・ピット)と名乗るその人物は大富豪パリッシュ(A・ホプキンス) の元を訪れ、彼の死期が近いことを知らせます。でも
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パリッシュが天命を全うするまでにはまだ少しの時間が残されています。死神ことジョー・ブラックはそれまで の短い間を休暇とし、パリッシュの案内で人間界の見学を始めるというストーリーが展開されます。

一方パリッシュの娘スーザン(C・フォーラニ)は、生前の彼と先日出会っ た魅力的な男性でした。カフェでのブラッド・ピッドは本当に魅力的です。笑顔がいいですね。そして死神であるジョーもスーザンの好意を気にかけるようになり、やがて相思相愛となっていきます。

Mv5bmtkzmja5mzu5m15bml5banbnxkftzty 死神をテーマにした作品では、最近ですと「DETH NOTE」があります。死神にも感情があることが、面白いですね。死神はとっても長生きですから、いい加減に魂を死の世界に運ぶのも飽きてしまします。死神の視点で、人間世界を見るととても風変わりなんでしょう。

この世の生きとし生けるものは、必ず「死」が訪れます。
「死」にとって「生」はまさに相反するものでしょう。そして「生」が最も輝くのは「恋する」ときかも知れません。

この映画ではファーストシーンのブラッド・ピッドの、スーザンことフォーラニを口説く絶妙なタイミングを見ることができます。何気ない会話から、自分の事を話して、コーヒーを驕るからと強引に引き止める一連の手管はまさに職人芸です。

そして死神に憑依されたブラッド・ピッドのクールさもまた逸品です。
スーザンとの距離を常に一定に保ち、でも彼女への好意を上手く表現しています。この「つかず離れず」と言う距離感が上手いですね。

とにかく「目」がいいんです。
あの目がクールさとホットさを兼ね備えています。ちょっと一般には無理かも知れません。彼の真似をするのは・・。

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薔薇のない花屋は愛と青春の旅立ち

Takuuti 幸せが恐ろしい・・幸せを認められない汐見栄治(香取慎吾)と、人を愛しきれない白戸美桜(竹内結子)のラブストーリーです。
映画ではないのですが、多くの恋愛映画のシーンを思い出す最終回でした。
やはり、何も求めない「無償の愛」を貫く栄治が、多くの人を感動させるのでしょう。彼は何も求めません。与えるだけです。自分から幸せから逃げるかのように・・それは過去の事件・・雫の母を助けられなかった後悔がトラウマとなっているためです。
淡々と語る栄治の口調には、哀しさと優しさが同居しています。
なぜ、花屋なのに薔薇を置かないのか?
薔薇には棘があるから・・人を傷つけるから・・・。
でも人間は傷つけあって生きているのです。そして傷つくことも、傷つけることも同じ苦しみであることに気が付いた時、そして薔薇を白戸美桜とダブらせた時に、この花屋は薔薇を置くことになります。憎しみからだけではなく、真実の愛からも知らぬうちに他人を傷つけてしまいます。白戸美桜は、自分のことを薔薇と例えたのは「傷つけてしまう」自分の中にある性を語ったのでしょう。
美桜が栄治に語った言葉に「なぜ、王子様はお姫様を迎えに行って、幸せになるのか知ってる?」「それは待っているからよ。」に美桜の栄治への想いが詰まっています。Bara
「会いたい」のに会えないのではなく、「会わない」・・しかし、いつまでも待つ一途さは、美桜の決意であり、心からの愛を精一杯表現したものなのでしょう。
ラストの平井バラ園に、美桜を栄治が迎えにいくシーンは、「愛と青春の旅立ち」を思い出しました。待つことは苦しいことですが、それでもひたすらに愛する人を待つ。だからその愛は美しいのです。
「幸せ」とは何かを多くの人は知らないのかも知れません。
「幸せ」は大きな声で「愛している」と言えることなのかも知れません。
そんなドラマでした。

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「愛と青春の旅立ち」・・・相手の事をどれだけ思えるか?

Debrawingrai11982年の米国映画。主演はリチャード・ギアにデブラ・ウィンガー。共演はルイス・ゴセット・Jrとデヴィッド・キースです。

この映画も恋愛をテーマに語るには、外せない作品でしょう。

粗筋は・・
シアトルに住む青年ザック(R・ギア)が主人公です。彼は元兵士の不甲斐ない父と2人で暮らしていました。母はザックが幼い頃、父の不実が原因で自殺し た経緯があり、そのためか愛情に飢えています。

ある日、ザックはかねてからの夢だったパイロットになるため、父の反対を押し切って海軍士官養成学校に入学51f3io18ydl_aa240_します。そして鬼軍曹ルイス・ゴセット・ジュニア演じるフォーリーによる厳しい 指導のもと、他の士官候補生たちと共に過酷な訓練を受け始めるわけです。

この鬼軍曹フォーリーがとても味があります。
ザックは家庭を知らずして育った青年です。身体は大人かもしれませんが、心は未だ未熟。その未熟さをフォーリーは見抜くわけです。
また、このフォーリーがザックにとって第二の父親のようなイメージがあります。ちなみにL・ゴセット・Jrはアカデミー助演男優賞に輝いています。

やがて数週間が経ち、公に骨休めすることを許可された候補生たちは地元の盛り場へ向かいます。そこで ザックは、町工場で働く女性デブラ・ウィンガー演じるポーラと出会い恋に落ちるのです。

Aitoseisyun ザックの親友になるシド(D・キース)も、ポーラと同じ町工場の女性に恋をしますが、彼は結婚するために士官学校を辞めてしまいます。彼女は士官候補生だから付き合っていたのですが、辞めてしまえばただの人。シドのプロポーズをなんなく断ります。そのショックの大きさ故に、シドは首を吊るのです。

エンディングは御馴染、シンデレラ姫のパターン。ジュリア・ロバーツ主演の「プリティ・ウーマン」と似ているシーンがラストです。「プリティ・ウーマン」もリチャード・ギアでした。
町工場に士官候補学校を無事卒業したザックが、ポーラを迎えに行くシーンはぐっときてしまいます。
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この映画では2つの恋を対比させています。
1つはザックとポーラ。もう1つは自殺したシドの恋です。
士官候補生だから付き合う・・シド本人ではなく、彼の職業と結婚したかった女性は、エゴイストの塊でしょう。

それに比べて、ポーラはザック本人を愛するのです。そこに自分勝手なエゴイズムはありません。彼女はザックが士官学校に通っているだけの一時的な恋だということを分かっています。そして潔く身を引くのです。
その一途さには男性ならば心を打たれます。士官学校を卒業すつ間、精神的な支えになり励ましてくれた彼女が、ザックのために距離を置こうとするいじらしさ。
相手の事を想い待つことも恋の成就に繋がるのでしょう。

「男と女」・・危険な恋の誘い

B000dzjjl809lzzzzzzz1966年のフランス映画。監督はクロード・ルルーシュ。主演はアヌーク・エーメとジャン・ルイ・トランティニアン。音楽はフランシス・レイです。

この映画も恋愛カテゴリーでは欠かせない作品と言えましょう。
「ダバダ・・ダバダバダ」というあのF・レイの甘美な曲をバックに、大人の恋を映像美で映し出した名作です。上手いのはモノクロとセピアの効果をあしらった色使いでしょう。
切なさが映像と音楽・・そしてアクターたちの相乗効果で、なんとも言えない気だるさともの哀しさを作っています。

簡単に粗筋を・・
アヌーク・エーメ演じるアンヌは夫がスタントマンで、事故で亡くなってしまいます。一方、J・ルイ・トランティニアン演じるジャンの職業はレーサー。彼の妻も夫の危険な職業に耐えられなく死を選ぶわけです。
互いに似た境遇の2人ですね。つまり2人とも、亡くなった配偶者の面影を引きずっているわけです。
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その2人には互いに子供がいるのですが、寄宿学校に行っており、面会に行くわけです。その折に知り合い、互いの境遇に共感を覚えていきます。

ジャンは24時間耐久レースをしているのですが、「愛しています」というアンヌの電報を受け取ります。レースを終えた彼が、その足で寄宿舎に車を飛ばすシーンがまた素晴らしいのです。会いたい気持ち・・居ても立っても居られない感情を、走る車とその風景で表わしています。

レストランのワンシーンではアンヌが「何か注文しないと悪いみたい」と言います、その台詞の後にジャンが「喜ばそうか・・部屋を注文するよ」という場面があり、これぞ。大人の恋って感じです。部屋を注文した2人がどうなったのかがまた見せ場なのですが・・・

Homme_famme_3 この映画は日常のありふれた風景の中に、少しづつ傷を癒しながら近づいていく大人の恋のプロセスを描いています。

哀しみから共感へ・・傷を知る者のみが触れ合うことを許される互いの日常生活への歩み寄り。

こんな風にはなかなか上手くいきませんが、少しづつ、傷をなめ合うように近づいていくのも青春の激しい恋には無い甘美な美しさがあるようです。

O・ヘップバーン妖精の魅力・・「麗しのサブリナ」

8124_0053「麗しのサブリナ」は1954年の米国映画。ちょうどローマの休日が1953年なので、O・ヘップバーンの魅力を今度は2大スター競演によってさらに開花させようといったところでしょうか。
共演はハンフリー・ボガードとウィリアム・ホールデン。
監督・制作・シナリオにはビリー・ワイルダー。この監督は「7年目の浮気」「お熱いのがお好き」などマリリン・モンローの作品が多い監督です。原作はS・テイラーの舞台劇。

物語はO・ヘップバーンの2大スター争奪戦と言ったところ。 サブリナ・パンツという言葉を生んだスポーティなオードリーのスタイルが「ローマの休日」と違った魅力を醸し出していました。81240012 大富豪ララビー家のお抱え運転手の娘サブリナは、一家の次男デヴィッド(W・ホールデン)に失恋し、二年をパリの花嫁学校 で送ります。

しかし、帰ってきた時には見違えるようなシックな令嬢となっており、デヴィッドをドギマギさせるわけです。田舎娘がパリの洗練さのシャワーを浴びて生まれ変わったわけです。蛹から蝶へ、といったかんじでしょうか。
彼女に夢中な弟を心配した長男のライナス(H・ ボガート)は仕事一筋のマジメ男だが、彼までサブリナの虜となるという物語です。
心優しい彼にサブリ ナならずとも結局、女性は夢中になるはずです。当時はハンフリー・ボガードと言えばクールでハードボイルド。その線は変わらないのですが、やはりオードリー・ヘップバーンの魅力をとにかく出している映画です。
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パンツから艶やかなドレス姿に脱皮するヘップバーン。シンデレラ物語のような雰囲気があります。有名なシャンソン“バラ色の人生”が 主題歌で、これがまた洗練されたイメージを喚起させます。

この映画を「恋愛指南」の立場で見ると、見方は3通りあります。
まずはヘップバーンの視点ですね。男性は変身にことのほか弱いことを証明するような映画です。なんといってもH・ボガードでさえ、虜になってしまうんですから。

もう1つはW・ホールデンの視点。陽気で快活。エネルギッシュなタイプの男性。ところが彼は金の卵を見分けられません。田舎娘がここまで変身するなんて思いも寄らなかったわけです。
8124_0016 そしてH・ボガードの視点。冷静で長男としての立場があり、基本的に硬派。その彼がヘップバーンに思いを打ち明けるにはホールデンのようなストレートなやり方ではいけません。

優しさ・・しかも普段はクールでとっつきにくいから効果があります。
まあ、ボガートだから・・と言ってしまえばそれまでですが、ここにも「変身」の一旦が見られます。ヘップバーンのような外面の洗練された変わりようと、外面は同じでも、内面にちらっと見せる意外性。
この映画の見所は、こうした対比なのかもしれません。

O・ヘップバーン 妖精の魅力・・シャレード

Charadeオードリー・ヘップバーン主演の1963年公開の米国映画。共演はゲイリー・グラント。その他にも、ウォルター・マッソーやジェームズ・コバーン、ジョージ・ケネディなどの名優勢ぞろいです。

音楽は「ティファニーで朝食を」のヘンリー・マンシーニ。ヘップバーンは「ティファニーで朝食を」の映画から次第にコミカルやミステリー的な作品に挑戦するようになります。それまでは、美しき妖精・・永遠の処女的な作風なのですが、カラーを多少変えてきました。でも、やっぱりそこはO・ヘップバーン。彼女の透明感は変わりません。

この映画はミステリーなのですが、やはりヘップバーン以外に、これといった女優は出てきません。今回は未亡人役なのですが、スキー場からパリの自宅に戻ってきたレジーナ(ヘップバーン)が、いきなり離婚予定の夫の死亡に遭遇します。葬式には見知らぬ、強面の男たちが彼女に近づき、夫の遺産の在り処を探ろうとします。Ivy10

ファーストシーンのスキー場で出会ったゲイリー・グラントことピーターもどうやら、怪しい男の一味らしいです。

この映画は、謎の男たちはヘップバーンの何を狙っているのか?そして敵は誰か?見方は誰か?を最後まで明かしません。謎解きミステリーなわけです。
もちろん、ヘップバーン作品ですからラストはハッピーエンドなのですが、そこに巻き込まれていくヘップバーンの不安や恐怖を上手く演出しています。現時点で見れば、ストーリーの展開スピードはそれなりなのですが、当時は急展開。次々と謎が現れる感じです。

Ah67 ヘップバーンの今回の御相手役はゲイリー・グラントです。
1904年生まれのベテランです。70年にはアカデミー賞を取ります。
ヒッチコックの「北北西に進路を取れ」とか「汚名」とかに出ています。

キアヌ・リーブスとサンドラ・ブロックの「スピード」のように、事件に巻き込まれる男女はなぜか恋人になってしまうようです。
やはり、頼れる人は2人だけ、という信頼感が愛情に変化するのでしょう。また恐怖は女性の心を解放するとも言われています。何よりも2人だけの共通体験を共有することが、最大のポイントかもしれません。



O・ヘップバーン 妖精の魅力・・「マイ・フェア・レディ」

3604601オードリー・ヘップバーンのミュージカル作品「マイ・フェア・レディ」は1964年の米国映画です。
共演はレックス・ハリソン。
ロンドンの下町、夜の巷で花を売っていた少女イライザを演じるのがO・ヘップバーンです。
そ こへたまたま通りかかったヘンリー・ヒギンズ教授(L・ハリソン)は、彼女の余りにもひどい訛りに対し、正しい発声と淑女としての行儀を身に付けさせると断言します。
言語学の大家であるヒギンズ教授は、仲間たちにイライザを淑女に仕立てると豪語するわけです。3604602_2
仲間の学者連中、社交界の名士たちは、「そんな事ができるわけがない」とはやし立てます。
こうなれば、意地ですね。
イライザを住み込みさせて、徹底的に言葉使いや行儀作法を教え込みます。
田舎娘丸出しのイライザを、叱責して・・いわゆるスパルタ式で教え込むわけです、

音楽では「踊り明かそう」が有名です。
まあ、なんとかものになりそうだ、と言う事で、お披露目シーンとなります。
社交界のパーティーに出るわけです。
着替えを済ませ、現れたイライザはまるで別人。
気品が漂う淑女そのものです。

パーティーに現れたイライザを見た人々は圧倒されます。
その美しさ、上品さに舌を巻くのです。
ヒギンズ教授は、まんまとイライザを一流の女性に仕立てたのでした。
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イライザはヒギンズに対して、一生懸命に行儀作法や言葉使いを覚える事で、献身的に尽くします。やがて、ほのかな愛情に変わっていきます。師弟関係が恋愛関係に変わるのは世の東西、どこでも共通するものがありそうです。厳しさの中に優しさが見出され、そこに信頼関係が築かれると、恋に昇華するのです。

ヒギンズ教授はそんあイライザの気持ちがわかりません。
自分の業績(イライザを淑女に仕立てた)に満足しています。その彼の態度にイライザは飛び出してしまいます。

居なくなって初めてわかるものです。
実はヒギンズの心の中にも、イライザは無くてはならない女性となっていたのです。落ち込みますね。こんな時・・ヒギンズの気持が痛いほどわかります。自分が悪いんですけど、後悔は先に立たずです。

でもイライザは帰ってきます。
ラストシーンはぐっときます。
イライザが帰ってきたことを知ったヒギンズは大喜びですが、それを胸のうちにぐっとしまいます。恥ずかしいんですね。
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ヒギンズは寝た振りをします。
そこにイライザが登場。ヒギンズの靴を脱がせてあげます。ヒギンズは笑みを浮かべてラストとなります。

男性には頑固者というか恥ずかしがり屋が多いようです。
自分の気持ちを素直に表現したがりません。
特に日本男児にはこの傾向は強いかも知れません。
そんな男性たちの些細な態度や言葉を、女性は察してあげなければいけないかもしれません。もちろん逆もありますが。

O・ヘップバーン 妖精の魅力「ローマの休日」

92023私個人的には、オードリー・ヘップバーン作品の中では、「ティファニーで朝食を」が一番です。洗練された・・エスプリもちょっと効いている・・ニューヨークの恋とファッションは、ヘップバーンの魅力を余すところなく出していると思うからです。
これから、ヘップバーンの魅力を考えてみようと思っています。
O・ヘップバーンの映画に共通するのは、恋のライバルが登場しないことです。彼女主演の映画の女性は、エキストラ的な・・中性的・・女性というよりオブジェの92029ような感じがします。女っぽいライバルが出てこないわけです。 なぜなのか?ヘップバーンが、要求したのか?彼女の妖精的な魅力を全面に出す演出か?理由は定かではありませんが、観る側にとってはO・ヘップバーンに集中できるメリットはあります。

「ローマの休日」は言わずと知れた名作。1954年、W・ワイラー監督作品です。若き日のグレゴリー・ペックも出ています。アカデミー主演女優賞、衣装デザイン<白黒>賞、脚本<原案>賞受賞作。総なめです。
すでにご存じでしょうが、O・ヘップバーンはアン女王役。女王という立場に息苦しくなって、ローマに来た時に庶民に変身して一時のバカンスを楽しみます。新聞記者ジョー・ブラッドレー(G・ペック)が偶然にそれを見つけ、カメラマンのアービング(エディ・アルバート)と一緒にアン女王のローマ滞在を秘密取材するわけです。
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当然、ハプニングも期待したいので、ジョーがアン女王とデートをするという設定になります。
ローマのデートシーンはベスパに乗って、観光地などを巡るのですが、ローマってこんなに素敵なところなの!と思うぐらいの演出です。

ラストはアン女王は「女王」の立場に戻るのですが、記者会見場にジョーとアービングもいるわけです。
このシーンを借用したのが、「ノッティングヒルの恋人」でしょう。
切ないアン女王・・そして女王とわかってデートをしていたジョーもいつしか惹かれていく。
331066 このいじらしさが非常に純粋さを表現していて、まさに妖精です。

男性はまったく無垢な純粋なものの前では、悪意も利用しようという狡さも無くなってしまうのでしょう。よっぽどの悪人は別ですが、自分が彼女を守ってあげないといけない、と思っているうちに、いつしか彼女を愛してしまうわけです。
特に、最初の動機がビジネス的な利潤を目的にしていた場合、自分の良心の負い目も手伝って、恋のキューピッドは矢を放つわけです。

「世界の中心で愛をさけぶ」・・・純粋なる初恋の美しさ

2004年公開の日本映画。片山恭一の同名小説が原作です。TVドラマ化もされましたが、映画の主演は大沢たかお、柴崎コウ、長澤まさみ、森山未來です。
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言わずと知れた恋愛映画のヒット作品です。

結婚を控えていた大沢演じる朔太郎は、婚約者の律子(柴崎)の突然の失踪に困惑します。

朔太郎は、律子の行き先が自分の故郷である四国と知り、彼女を追って四国へ向かいます。
しかし、そこは朔太郎が初恋の相手にして最愛の人・アキ(長澤)との思い出が眠る場所でもあったのです。
朔太郎は次第に初恋時代の思い出の中に迷 い込んでいきます。

Sekatyuu2 故郷四国へ戻って、タイムスリップしたように、過去の思い出が蘇ります。
物語は、大人になった朔太郎が故郷の地を律子を探しながら歩いて回ることで、回想形式のように展開していきます。

アキは高校ではマドンナ役です。誰からも憧れる・・そんな女性です。いつも明るく、溌剌として、自分をしっかり持っている女性です。
そんなアキとひょんなことから知り合い、やがて2人は恋に落ちます。

交換日記というのがあったと思いますが、それをウォークマンでやるわけです。そのウォークマンが朔太郎の実家の部屋に残っていました。大切な宝物として仕舞ってあったのです。
それを聞くことによって、アキの思い出がまざまざと浮かんできます。
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ところが、約束されてい たと思われた2人の明るい未来は、アキが不治の病であることが発覚し一転してしまうわけです。
アキは世界の中心の丘に登ってみたい、と言います。
その願いを叶えるために、アキを空港に連れ出す朔太郎。
でも病は彼女の身体を相当蝕んでいました。
空港で倒れるアキ。アキを抱きかかえて、「助けてください・・助けてください」と叫ぶ朔太郎。この空港のシーンの「助けてください」と叫ぶシーンは森山の圧巻の演技です。

愛するアキ・・初めてこんなにも人を愛した・・その彼女が不治の病に陥ってしまう。
自分は何もできない。こんなに彼女を助けたいのに何もできない。
心からの「助けてください」の叫びです。

青春時代にここまで純粋な恋を経験した朔太郎は幸せかもしれません。

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